最新の活動記録はfacebookページをご覧下さい。


2011年6月6日月曜日


態勢を確立して復興加速の機とす

 先週の不信任案をめぐる一連の経過の中で菅総理の早期退陣が流れとなった。大震災復興を急ぐべき立場からは早い方がいい。任期途中の交代だから通常なら両院議員総会の決定事項だが、党員サポーターの登録と合わせて
代表選という道筋も考えられる。この間、主張してきたように挙党態勢を作るよい機会だ。それまでに現政権に速やかに一定のメドをつけてもらえばいい。そのことが国を挙げて復興に当たるための一番の近道である。
 ようやく少し時間ができたので土、日曜、ひとりで女川、相馬を回ってきた。がれきのむこうの湾では漁船が並んて操業を始めるなど地元の心意気が強く伝わってくるが、町の方は大破し、横転した建物が累々と浸水した海水に浸かっており、復興は容易ではない。
今日、6日、7日と国土交通委員会で宮城県の視察。復興プランとその実施は一刻を争う。

2011年6月2日木曜日


菅内閣不信任決議案否決について
 本日の本会議において、菅内閣不信任決議案は、賛成 152 票、反対 293 票で否決されました。直前までその結果については予断を許しませんでしたが、結果は下記の通りとなりました。
 本会議に先立ち、総理出席のもとで代議士会( 1 時間、通常 15 分程度)が開催され、総理から大震災と原発対応のメドがつき次第、辞任するとの発言があり、それ受けて、不信任案否決が大勢となりました。採決はこの結果を反映したものです。
 昨日、 51 名の衆議院議員の署名をもって党執行部に要求した、「両院議員総会開催」と「政権運営の刷新による内外の人心の一新」がこのような形で実現したことをひとまず喜びたいと思います。
 これを機会に民主党の結束が強まり、震災対策等の取組を一丸となって進められることを期待すると共に、今後の政権運営のあり方についても積極的に関わって行きたいと考えています。
<採決の結果>
総数 478
欠席・棄権 33
------------------
過半数 223
------------------
反対 293
賛成 152
今こそ民主党の正念場
-排除の理屈を排す -
 2003 年9月、二人が舞台に立ち、歩み寄ってしっかりと手を握り合った。会場から満場の大きな拍手が沸き起こった。歴史を開いたふたりとは他ならぬ菅直人氏及び小沢一郎氏である。この光景を目の当たりにして、近い将来、政権交代が成就すること、新たな時代の政治を実現できることを私は確信した。 2003 年の党大会は希望と熱意に満ちていた。誰もがこの瞬間、同じ熱い思いを共有し、また多くの国民が新生民主党を支持し、期待を抱いた瞬間だった。
 その年の初頭に私は民主党に入党した。それまでどの政党にも属さずに活動をしていたので、政治の大先輩である多くの先生から御指導賜わり、大変にお世話になってきた。その誰もが同じ政党に大同団結し、次の時代を目指そうという。不肖、私もここに骨を埋めるつもりで精一杯頑張ろうと心に誓い、今日まで過ごしてきた。
 以来 8 年、様々の経緯を経て、民主党は今日、岐路に立たされている。確かに、大きな時代の曲がり角を曲がるにはそれなりの曲折と時間が必要である。明治維新を振り返れば大政奉還を境に往って復って 40 年を要した。明治に入ってからも動乱が続き、その中で西南の役をはじめ、多くの歴史的悲劇が生じ、それがわが国のその後に大きな禍根を残すこととなった。歴史の時計を逆に回すことはできない。今こそ原点に戻ることが大事だ。改めて新民主党結成の精神を帰り、政権交代の立脚するところに返るべき時である。そのことが国民の期待に応えるただひとつの道である。
 今、わが国は東日本大震災により未曾有の危機に瀕している。被災地では多くの同胞が言葉を絶する苦難の日々を強いられている。一刻を惜しみ、全力で復興に当たるべき時である。言うまでもなく大震災の復興はすべての党所属議員が一丸となり、党の総力を挙げて取組むべき使命であり、特定の個人の役割ではない。そのことを旨として、誰もが思い切り力の揮える党の再生を図るべき時である。
 このような立場から、私は他政党に与して民主党を割る危険を冒すことを是としない。党が自ら体制を一新し、人心を改め、挙党体制を確立して日本の再生に邁進することを強く求めて行きたい。
民主党千葉第 13 区総支部 総支部長
衆議院議員  若井 やすひこ
※ 昨日、同志 51 名を代表し、 10 名で同主旨を党執行部に申し入れました。

2011年5月25日水曜日

白井市長選、井沢ふみお氏が当選
 さる5月 22 日投票の白井市出直し市長選は、元市部長から転身した井沢ふみお氏が当選しました。
 この結果、2年半前、市民のみなさんと共に誕生させた横山市政は任期途上でピリオドを打つことになりました。マニフェストを掲げて市政改革に取組み、数々の成果を上げてきた横山前市長が、志半ばで退場を余儀なくされたことは心残りでもあり、また、市民の支持をまとめ切れなかったことは残念です。この上は心機一転、新たな舞台でさらなる活躍をされることをお祈りします。
 白井市政は新たな局面を迎えることになりますが、時代は大きな曲がり角、地域主権の立場から、一段落するニュータウン事業や鉄道の問題、高齢化の進展等の地域課題を解決し、白井市をさらに発展させるために、井沢新市長の安定した舵取りを期待します。

2011年5月23日月曜日

5/20に設置されました「衆議院 東日本大震災復興特別委員会」の委員となりました。
現在の衆議院での所属委員会は下記の通りです。
 ・国土交通委員会 理事
 ・国家基本政策委員会 理事
 ・沖縄および北方問題に関する特別委員会 委員
 ・東日本大震災復興特別委員会 委員

また、党の役職は下記の通りです。
 ・政策調査会副会長(国土交通・農林水産担当)
 ・東日本大震災復旧・復興検討委員会復興ビジョンチーム 副座長
東日本大震災特別委員会の委員に就任
 5月 20 日、ようやく大震災復興特別委員会が発足、復興基本法に関わる審議を開始した。復興については4月以来、何度か現地の足を運び、緊急提言を行ってきた。また、民主党の復興ビジョンチームの副座長として検討を重ねてきたが、いよいよ具体的な立法と執行に関わることとなる。
 今回の震災には三つの局面がある。三陸大津波、福島原発事故、そして内陸部でのハイテク産業被災。この多様かつ複雑な復興課題を一刻も早くかつ総合的に克服し、被災者のみなさんの暮らしの安心・安定を取り戻し、新たな東北の再生を図りたい。
 特に、福島のみなさんにとっては災害はいまだ続いており、収束の見通しが立っていない。まず何よりも原発の安定化を実現し、放射能汚染の状況を改善する道を開かなければなりません。
 かつて防災都市計画の策定に従事した経験を生かし、今回は復興委の委員として、党派を越え、基本法を成立させることに全力を注ぎ、地域社会の本格的な復興と再生に寄与して行きたい。
 

2011年5月12日木曜日

東日本大震災、復興に取組む
-8項目の第一次提言-
 東日本大震災発生以来、2ヶ月がたちました。25,000名に及ぶと見られる犠牲者の方々にお悔やみ申し上げます。原発の問題もあり、順調に復興が進んでいるとは言えません。
 この間、私は3月末には一刻も早い復興のための8つの緊急提案を党及び政府などに行いました。一方、党においては復興ビジョンチームの副座長としてこの問題に取組み、数次にわたる現地調査、関係者からのヒアリング、識者からの提言を得つつ、去る4月30日、政府に対し、復興課題について8項目にわたり第一次提言を行いました。
 
  4月後半から毎週、被災地に通っています。3度にわたり東北へ、また連休には長野県栄村、千葉県旭市飯岡地区、浦安市、香取市、茨城県潮来市等を視察してきました。どの被災地も深刻なダメージを被っていますが、特に広汎に巨大津波で被災した岩手、宮城、福島三県の海岸地帯の状況は言葉を失うばかりでした。報道で理解しているつもりでしたが、想像をはるかに超える惨状はまさに目を覆いたくなると言わざるを得ません。
 
  こうした被災地のただ中で、家族を失い、家や仕事場を失った多くの方々が日々を送っています。この現状を一刻も早く解消して、再び人間らしい暮らしと希望を抱いて取組めるしごと、地域社会の回復を実現できるよう、自らの持ち場において、引き続き全力で取組んでいく決意です。具体的な復興方策については順次、ご報告していくつもりですが、みなさまからのアドバイスもよろしくお願いします。